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商社大手5社(三菱商事、三井物産、伊藤忠商事(以下、伊藤忠)、住友商事、丸紅)の中間決算が出揃った。円安、資源高、インフレを追い風に2023年3月期通期予想の上方修正ラッシュに沸いている。
微減の伊藤忠以外は、4社が通期予想で最高益を見込む。トップの三菱商事は商社業界初となる「年間利益1兆円超」の大台に乗せた。三井物産も1兆円超えの可能性があり、2社を伊藤忠が追う。
空前の活況に沸く商社の業績を分析する。
石炭子会社1社で2500億円の利益
各社資料よりBusiness Insider Japan編集部が作成
三菱商事は11月8日、2023年3月期最終利益予想を8500億円から1兆300億円に上方修正した。自社が持つ商社業界史上最高益記録(2022年3月期の9375億円)を超えて初の1兆円台に到達する見込みだ。
同日発表した2022年4~9月期の最終利益は、前年同期比99.7%増の7200億円。
驚異的だったのは、豪州で原料炭(製鉄用石炭)などを生産する100%子会社Mitsubishi Development Pty Ltd(MDP)が前年同期比2039億円増の2494億円の取り込み利益(持ち分比率に応じて出資先の会社・事業から商社本体に参入する利益)を上げたことだ。
円安が追い風に
REUTERS/Kim Kyung-Hoon
商社の主な収益源は、事業や会社に投資して、そこから生じる利益を持ち分比率に応じて取り込むことにある。主にドル建てのビジネスを手掛ける商社は円安局面では円建て利益が上振れしやすい。
三菱商事の場合、ドルベースで1円の円安になると、最終利益に対して50億円の増益影響がある。同社関係者によると、円安が2022年4~9月期最終利益にもたらした影響は前年同期比で約600億円になるという。
他商社も額の差はあれ、円安は業績にプラスに作用した。
各社資料、筆者取材をもとにBusiness Insider Japan編集部が作成。
加えて、MDPのような資源事業は、2021年から続く資源高の恩恵も受ける。原料炭市況がロシアによるウクライナ侵攻で4~5月に跳ね上がったことが、MDPの好業績につながった。資源高と円安の恩恵を二重に受けた形だが、豪州での石炭生産に商社の中でもいち早く1960年代に参画したという目利き力が今日の業績につながった。
資源高、インフレもプラスに
三菱商事は資源・非資源事業で、幅広く資源高やインフレの恩恵を受けた。LNG(液化天然ガス)事業は、天然ガス価格高騰と持ち分量(出資比率に応じた生産量)増で、前年同期比254億円増の652億円、北米不動産投資会社Diamond Realty Investmentsは市場が活況に沸き、前年同期比34億円増の102億円だった。
円安や原料高の悪影響も出てはいる。伊藤ハム米久ホールディングスは前年同期比で3億円減、アメリカで豚肉処理・加工・販売を手掛けるIndiana Packers Corporationからの取り込み利益は、前年同期比で35億円減と苦戦した。ただ全体として、円安・原料高・インフレのプラスがマイナスをかき消す結果となった。
中西勝也社長は
「通期業績予想は1兆300億円だが、市況や円安を除いた実力値は6500億円。今後はこの実力値をいかに底上げしていくかが課題だ」
と語った。
三井物産もガス・原油価格上昇で1兆円に期待
撮影:井上祥
三菱商事と共に、通期決算で1兆円台が有望視されているのが三井物産だ。同社も2023年3月期最終利益予想を8000億円から9800億円に上方修正した。
2022年4~9月期の最終利益は、前年同期比33.2%増の5391億円。原油・ガス価格の上昇を受けて、連結子会社の三井石油開発(原油・ガスなどの開発)やMitsui E&P USA(米国での原油・ガス開発・販売)からの取り込み利益がそれぞれ前年同期比で約200億円伸長した。原油・ガス事業全体で、価格上昇影響は600億円のプラスに作用した。
三菱商事同様、商社の中でもいち早く1960年代終わりに原油・ガス生産に参画した賜(たまもの)でもある。
資源が利益の7割程度を占めてきた三井物産にあって、食料や小売りなど非資源分野は泣き所だった。資源価格が下落すると「非資源事業の強化」を掲げるものの、再び資源価格が上昇すると「やっぱりコアは資源事業」という声が資源・エネルギー部門から上がる、という繰り返しだった。
ただ、この悪循環は、安永竜夫前社長(現・会長)時代の5年ほど前からなくなってきている。特にPenske事業など、北米での自動車・トラックの販売・リースが着実に利益を伸ばしてきた。
2023年3月期利益予想の上方修正は1兆円には届かなかったが、堀健一社長も
「各部署が2023年1~3月期の計画を保守的に報告しているという感覚だ。世界経済の振幅度が高いので保守的になるのも分かるが、業績が息切れしている感覚はない」
と述べており、9800億円への上積みには期待が持てる。
伊藤忠は小粒収益を徹底管理
REUTERS/Toru Hanai
三菱商事・三井物産を追うのが伊藤忠だ。同社は上期決算発表に先立つ10月、2023年3月期最終利益予想を7000億円から8000億円に上方修正していた。
2022年4~9月期最終利益は前年同期比3.5%減の4830億円だった。
「非資源ナンバー1商社」を掲げる同社ではあるが、原料炭や原油の価格高騰によって恩恵を受けたことは三菱商事や三井物産と変わらない。例えば、豪州で原料炭や鉄鉱石を生産する「ITOCHU Minerals & Energy of Australia(IMEA)」からの取り込み利益は、前年同期比微増の984億円に上る。
ただし、資源事業の割合は三菱商事・三井物産に比べて低く、非資源事業でコツコツと収益を上げている。取り込み利益は小粒ではあるが、自動車販売事業「ヤナセ」(取り込み利益は前年同期比9%増の58億円)や北米の建材の製造・卸・販売事業(同前年同期比15%増の157億円)が好調だった。
伊藤忠は個別のグループ会社の収益管理を徹底しており、小粒の収益を積み上げることが身上だ。
それは、2022年4~9月期実績でグループ会社の8割が黒字であり、黒字会社からの取り込み利益が4546億円なのに対して、赤字会社からの取り込み損失が138億円にとどまるという数字からもうかがえる。
各社資料よりBusiness Insider Japan編集部が作成
円安、手放しで喜べない現実も
資源高やインフレに苦戦した事業もある。
三菱商事の畜産事業で原料高・円安の影響が出たのは上述の通りだが、稼ぎ頭のMDPでも、原料や人件費が利益を圧迫している。三井物産は、得意とする鉄鉱石生産事業で数量減や開発コスト増、市況悪化が前年同期比690億円のマイナス影響をもたらした。
伊藤忠でも、飼料高や豚肉市況悪化からカナダ畜産事業HyLife Group Holdings Ltdが赤字に転落。また、成長著しかった情報・金融カンパニーで、スタートアップ株式の評価損が数十億円生じた。アメリカの金融引き締めの影響を受けたとみられる。
写真はイメージ。
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円安についても、経営陣は手放しで喜んではいない。
三井物産の堀社長は
「絶えず国際基軸通貨であるドル建てで考えていかないと判断を誤る。我々の成果が(ドル建ての)グローバル市場でどう見られるかは意識しないといけない」
と語る。
伊藤忠の岡藤正広会長兼CEO(最高経営責任者)の発言からは、投資戦略への影響がうかがえる。
「財務が改善したので、投資をしていかなければならない。しかし(円安だと)海外の入札で負けてしまう。今は国内の投資案件を探そうと社内で呼びかけている」
円安は人材戦略にも影響しそうだ。商社は、世界中で現地の社員を採用する。競合企業に劣らぬ給与をドル建てで提示しなければならない。経営幹部を雇うとなれば、なおさらドル高が利いてくる。日本円での給与水準で判断すれば、人材獲得にも悪影響を与える。
空前の好業績に沸く商社だが、円安、資源高、インフレへの対処能力が問われていることは他業界と変わらないのだ。
(文・井上祥)
井上祥(いのうえ・しょう):商社取材歴は8年。コンビニからLNG開発まで、商社のやることならば何でもカバー。幹部人事分析が趣味。