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この記事の筆者
牛島総合法律事務所
弁護士
猿倉 健司
国内で輸入、製造、使用されている化学物質は数万種類にのぼりますが、化学物質を原因とする労働災害は年間約450件という高水準で推移しています。 こうした状況を踏まえ、新たな化学物質規制の制度の導入等を内容とする労働安全衛生法及び同規則(以下「安衛法」「安衛則」といいます。)等の改正が、令和4(2022)年5月31日に公布され、令和6(2024)年4月1日までに段階的に施行されています。
※厚生労働省ウェブサイト「化学物質による労働災害防止のための新たな規制について~労働安全衛生規則等の一部を改正する省令(令和4年厚生労働省令第91号(令和4年5月31日公布))等の内容~」
※厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署「労働安全衛生法の新たな化学物質規制」
令和6(2024)年4月1日よりも前に施行されたものも含めて、本改正により実務への影響が大きいと考えられる内容は、以下のとおりです。詳細は後述します。
①リスクアセスメント(危険性・有害性の評価)が必要となる化学物質の製造・取扱い・譲渡提供を行う事業場ごとに、化学物質の管理に係る技術的事項を担当する化学物質管理者を選任(管理体制の強化)
②SDS(安全データシート)等による化学物質の情報伝達について、通知事項の定期的な確認・見直しや拡充(情報の伝達の強化)
③労働者が化学物質(リスクアセスメント対象物質)にばく露される程度を最小限度にすることや、労働者に適切な保護具を使用させる措置の実施(自律的な管理体制の整備)
④衛生委員会において化学物質の自律的な管理の実施状況の調査審議を行うことを義務付け(モニタリングの強化)
⑤雇入れ時等の教育について全業種での実施の義務化(教育の拡充)
以下は、改正の内容について、特に重要と思われるポイントのみに絞って紹介します(あくまで一部の重要なもののみとなりますのでご留意ください)。
その他の内容につきましては、猿倉健司・加藤浩太・上田朱音『化学物質管理に関する労働安全衛生関連法令の改正(2022年~2024年施行)のポイント』(牛島総合法律事務所ニューズレター)を参照してください。
ア.リスクアセスメント対象物質・事業者の義務の拡大
安衛法においては、①化学物質についてのラベル表示・安全データシート(SDS)等による通知義務、②リスクアセスメント対象物質に暴露される濃度を低減する措置義務が課されています。
本改正により、①について、ラベル表示、SDS等による通知や、リスクアセスメントの対象となる化学物質に234物質が新たに追加されました(安衛法57条、57条の2、安衛令18条、別表第9)。
また、②について、リスクアセスメント対象物質に関する事業者の義務の追加が行われました。具体的には、労働者がリスクアセスメント対象物質にばく露される程度を、一定の方法(代替物の使用等)によって最小限度にする義務(安衛則577条の2第1項)や、その実施に伴う労働者の意見聴取、記録作成・保存義務(安衛則577条の2第10項、11項)が追加されました。なお、リスクアセスメントの結果と健康障害を防止するための措置の内容等を労働者に周知し、記録を作成し一定期間保存することも求められることになりました。
イ.化学物質管理者の選任の義務化
本改正により、業種や規模の大小にかかわらず、リスクアセスメント対象物質を製造・取扱い・譲渡提供をする事業場については、リスクアセスメントの実施管理等を行う化学物質管理者の選任が義務化されました(安衛則12条の5)。なお、化学物質管理者とは別途、保護具着用管理責任者の選任も義務化されました(安衛則12条の6)。
ウ.労働者の教育
本改正により、危険性・有害性のある化学物質を製造し、または取り扱う全ての事業場で、化学物質の安全衛生に関する必要な教育を行わなければならなくなりました(安衛法59条1項、改正安衛則35条1項)。
エ.情報伝達の強化
本改正により、SDSの通知事項(安衛法57条の2第1項)に新たに、「(譲渡提供時に)想定される用途および当該用途における使用上の注意」が追加されました(安衛則24条の15第1項10号)。
また、SDSの通知事項である成分の含有量の記載について、従来は10%刻みでの記載方法でしたが、重量パーセントの記載が必要となります(安衛則34条の2の6)。
なお、SDS等の通知事項である「人体に及ぼす作用」の内容の定期的な確認・見直し・通知が求められ、また、ラベル表示対象物を他の容器に移し替えて保管する場合なども内容物の名称や危険性・有害性情報を伝達することが求められることになっています。
本法の対象となる化学物質を取り扱う業種であれば、どの業種でも同様に対応する必要があります。リスクアセスメント対象物質を製造・取扱い・譲渡提供をする事業者が規制対象となるため、化学物質を使用して製品を製造するメーカー(機械製品、アパレル、食品、医薬品等)やその販売事業者、輸入事業者(商社)などが同様に規制されることになります。
法律等の改正を認識しないままに漫然と従前と同様の対応を続けていると、いつのまにか法律違反を犯していたということもありえます。そのため、改正法の内容は常にチェックをし、新たに必要になる行為をもれなく実施しなければなりません。
事業者がこれに対応しなかった場合、以下のような罰則の対象となります。
・安衛法57条1項の規定による表示をせず、もしくは虚偽の表示をし、または同条2項の規定による文書を交付せず、もしくは虚偽の文書を交付した者
→6か月以下の懲役または50万円以下の罰金(安衛法119条3号)および57条の2
・安衛法59条1項(安全衛生教育)の規定に違反した者
→50万円以下の罰金(安衛法120条1号)
なお、いずれにも両罰規定があり、法人が罰せられる可能性があります(安衛法122条)。
厚生労働省からは、数多くの法令違反の事案が公表されています。なお、リスクアセスメントの実施率は50%強にとどまることが指摘されており、また企業規模が小さいほど法令の遵守状況が不十分な傾向にあり、従業員の有害作業やラベル・SDSに対する理解が低いことも指摘されています。
本改正で対象となるような化学物質規も含め、制法令上規制される廃棄物や環境汚染物質は多様であり(特定有害物質、ダイオキシン類、油汚染、アスベスト、PCB廃棄物、地下杭その他の地下埋設物・障害物など)、他の法分野と比較しても極めて多数の法令が存在します。各法令に対応する数多くの規則・通知・ガイドラインのみならず、自治体ごとの条例・規則・指導要綱などが存在するなど、理解しなければならない規制の内容(許認可・登録・届出、定期報告義務等)も多く、その範囲が極めて広範でありかつ複雑です。
この点は、猿倉健司『新規ビジネスの可能性を拡げる行政・自治体対応 ~事業上生じる廃棄物の他ビジネス転用・再利用を例に~』、『環境汚染・廃棄物規制とビジネス上の盲点』(牛島総合法律事務所 特集記事)参照してください。
また、海外子会社を有する企業においては、上記国内規制にとどまらず、子会社の所在する国・地域での規制についての検討も必要不可欠となり、世界各国において各規制・定期報告義務の対象となるのかといったことについても把握しなければなりません。環境マネジメントに対する国際的な認証であるISO14001においても数多くの法令要求事項があり、これらの各規制を漏れなく確認することが求められますが、自社のビジネスに必要な規制を網羅的に把握することは容易ではありません。
化学物質規制を含む環境関連法令、条例については、近時特に新規の制定・改正が頻繁に行われています。本改正も令和4(2022)年5月31日に公布され、令和6(2024)年4月1日までに段階的に施行されていますが、これらの規制に限られません。例えば、東京都の「都民の健康と安全を確保する環境に関する条例」については、1年間に何度も条例や規則の改正がなされています。また、ESG、SDGsその他に関連して大変注目を浴びている地球温暖化対策に関する条例を見てみても、各自治体において近時頻繁に新規条例の制定や改正がなされていることがよくわかります。
以上のとおり、規制内容は日々制定・改正されていくことから、適時適切なアップデートがなされないと、少し前までは適法であった行為であっても、ある時点を境に、知らないままに法令違反を犯してしまっているということも少なくありません。これらの各規制を網羅的に適時のタイミングで把握するのは現実的でないようにも思えますが、改正情報の提供サービスを利用するなどして、適切に把握していくことが重要となります。少なくとも年に1、2度は、最新の法令・条例規制のチェックが必要だといえますが、それ以上の頻度で確認することも求められています。
労安衛法の化学物質リスクアセスメントは、平成28年6月施行の改正法によって新たに導入された義務です。2022年(令和4年)8月時点で674物質が対象となっていますが、その後も2024年(令和6年4月)から2026年(令和8年)4月に施行される予定の改正法によって、2900物質以上に増えることが見込まれています(厚生労働省パンフレット『職場における新たな化学物質規制が導入されます』)。そのために、継続的なチェックが必要となります。
また近時、健康への安全性がある程度認知されながら、日本国内では工場用地からの地下水への流出拡散や土壌汚染についての規制対象となっていないものとして、アスベストやPFAS(PFOS・PFOA)(工業的に作られる有機フッ素化合物)などがあります。PFASは第一種特定化学物質に指定され、2023年(平成5年)2月に水質汚濁防止法上の「指定物質」に追加されたものの、排水についての排水基準は設定されていません。対象物質の生命身体への安全性等についての知見や法令規制の動向(海外の規制も含む)については日々刻々と変わっていることから、常に確認していく必要があります。
以 上
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執筆者:牛島総合法律事務所 パートナー弁護士 猿倉 健司様
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