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近年、企業の人材戦略に注目が集まっています。事業規模の維持やノウハウ承継の観点からも、優秀な人材の確保および定着は重要な課題となり得るでしょう。
2020年9月、経済産業省は「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書」を公表しました。人材戦略が企業経営に与える影響の大きさに対する危惧の表れともいえます。
人材戦略がなぜ企業価値向上のために必須となるのか、人事部門にどのような役割が求められていくのか、ポイントを絞って解説します。
目次【本記事の内容】
従来、人事は管理部門と見なされるケースが少なくなかったため、人材「戦略」という言葉に違和感を覚える人もいるかもしれません。なぜいま人材戦略は注目を集めているのでしょうか。
中小企業庁が3,551社を対象に実施した調査では、中核を担う人材の不足が企業経営や職場に及ぼす影響として、次の回答が上位を占めました。
・現在の事業規模の維持が困難になる(43.0%)
・技術・ノウハウの承継が困難になる(42.0%)
・需要増加に対応できず、機会損失が発生する(37.6%)
・新事業・新分野への展開が停滞する(36.3%)
(経済産業省「中小企業・小規模事業者の人材確保・定着等に関する調査作業報告書」平成29年3月)
将来にわたっての安定経営を実現するには、優秀な人材を採用するとともに人材の流出を防ぐことが大切です。人材戦略が注目されている背景には、企業経営の持続と価値向上に対する強い危機感があるのです。
今後とくに重要となる3つの人材戦略と、人事部門に求められる役割について見ていきましょう。
●経営戦略と連動した人材戦略の策定
人材戦略は具体的な成果をもたらすまでに時間がかかるため、現行の人事制度が有効に機能しているかどうかの判断は容易ではないはずです。人事制度の有効性を見極めるための観点として「経営戦略と連動しているか」を判断基準とする方法があります。
人材戦略は、人事部門が単独で考案・策定すべきものではありません。本来、人材の採用・育成は企業にとって必要な組織能力を獲得・強化することを主要な目的としています。よって、経営戦略の延長線上に人材戦略が位置づけられている必要があるのです。
経済産業省による報告書では、下記のように指摘しています。
多額の人材投資や先進的な人事制度の導入も、その人材投資や人事制度が自社のビジネスモデルや経営戦略と連動し、適切に位置づけられていなければ企業価値の向上にはつながらない。
(経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 〜人材版伊藤レポート〜」令和2年9月)
もし人事部門が間接部門の一部署から脱却できていないようなら、経営戦略を実現するための重要課題として人材戦略を捉えるよう、社内の意識変革を図る必要があるでしょう。人材戦略は将来的に事業の存続を左右しかねない重要な課題であり、経営戦略と表裏一体の関係にあるという共通認識を形成しておくことが大切です。
●従業員の自律的なキャリア構築を支援
VUCA時代においては、事業環境の急激な変化が訪れることが十分に考えられます。従来型のジョブローテーションによるゼネラリスト育成から脱却し、個々の従業員が専門性を高め、自律的にキャリアを構築しやすい環境を整えることが大切です。経済産業省による報告書においても、下記の課題が指摘されています。
企業は、画一的なキャリアパスを用意するのではなく、多様な働き方を可能にするとともに、働き手の自律的なキャリア形成、スキルアップ・スキルシフトを後押しすることが求められる。
(経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 〜人材版伊藤レポート〜」令和2年9月)
人生100年時代に突入しつつある一方で、現状の業務知識・スキルが将来わたって通用するものであるか、不安を抱えている従業員も少なからずいるでしょう。多様な働き方を「許容する」のではなく、リスキルやリカレント教育が実現可能な環境を提供し、積極的に推進していく必要があります。
人材戦略の一環として従業員の自律的なキャリア構築を支援する企業であれば、優秀な人材を獲得しやすくなるはずです。自社でのみ通用する業務知識・スキルに固執することなく、多様化する個々人の価値観に対応できる人材戦略へと変革していくことが求められるでしょう。
●ステークホルダーへの積極的な発信
人材確保のために投じる経営資源は往々にして「コスト」と見なされがちです。しかし、持続的な企業価値の創出を図り競争優位性を保っていく上で、人材戦略に投じる経営資源は中長期的な「投資」として捉える必要があります。
企業としての将来性や持続可能性を案じているのは従業員だけではありません。顧客や株主といった多方面のステークホルダーが、企業の人材戦略を注視しています。どのような方針で人材を採用し、育成しているかを知ることは、その企業が近い将来発展していくかどうかを判断する上での重要な指標となり得るのです。
前出の報告書に先駆けて、経済産業省では次の点を企業の課題として提言しています。
経営トップ自ら、人材戦略と経営戦略、自社の競争優位との関連を「ストーリー」として資本市場関係者に積極的に発信し、企業価値評価の適正化や、資本コストの低減につなげる。
(経済産業省「人材競争力強化のための9つの提言(案) 2019年3月)
人事部門は経営者や広報部門と連携を図りながら、自社の人材戦略について積極的に発信していくのが望ましいでしょう。人材戦略の発信は、企業イメージの向上や企業価値の適正化において重要な位置を占めているのです。
人材戦略は経営戦略と切り離せない重要な課題として注目されつつあります。優秀な人材を確保するために採用活動の戦略を練る企業も多いはずですが、優秀な人材ほど企業がどのように人材戦略を位置づけ、具体的な取り組みを推進しているかを見極めていることを認識する必要があります。
かつて松下幸之助氏は「企業は人なり」と述べ、人材こそが企業活動の主体であると説きました。価値観の多様化や急激な経営環境の変化に直面している現代において、この言葉の本質を改めて問い直すべきときが来ているのかもしれません。
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