2024年のトレンド予想
人事
いま見えてくる「個人の幸福」と「企業の成長」の関係とは
ProFuture株式会社HR総研 主任研究員
久木田 亮子 氏
2009年建設系企業に入社。研究開発および設計職に従事。2015年以降、シンクタンクにて地方創生に関する幅広い分野で調査研究を行う。2019年にHR総研(ProFuture株式会社)主任研究員に着任。人事関連分野に関する幅広い調査・分析を行う。企業動向だけでなく、新卒採用においては就活学生を対象とした調査の設計から分析までも担当する。
時代の変化に伴い、働き方に対する認識も大きく変革のときを迎えています。多様な働き方を受け入れつつ、法改正や社会的価値の変遷への対応が企業に求められている今、人事部門の役割はこれまで以上に重要かつ複雑化していると言えるでしょう。
今回Manegy編集部では、重要性が増す人的資本管理に注目し、「人事領域の開かれた調査機関」として企業人事を先導するHR総研の主任研究員、久木田氏にインタビューを行いました。2023年度の振り返りとこれからのトレンドについて、データとともに考察していきます。
多様な働き方を肯定する時代へ
Manegy編集部: 本日は、人事に関する過去数年のトピックを振り返りつつ、2024年度以降の未来のトレンド予測についても伺っていければと思います。
まずは振り返りからお伺いできればと思いますが、我々Manegyもニュースメディアとしてさまざまなトピックを追っていますので、いくつか気になったものを挙げさせていただきますと、2023年度は育児休業に関する法改正や時間外割り増し賃金の引き上げ、そして上場企業の人的資本開示の義務化による開示の本格始動など、さまざまな動きがありましたね。久木田さんが特に注目されている点はございますか?
久木田氏: はい、大きくは3点あると思っています。1点目は2023年5月8日からの「新型コロナウイルス感染症の5類移行」です。それによるオフィス回帰の流れが予想以上に多かったように感じています。コロナウイルスの影響で急遽リモートワークを取り入れたものの、やはり対面でのコミュニケーションの重要性を感じ出社に戻ろうという流れが思った以上に見られました。とは言え働き方の多様化というトレンドもありますので、リモートワークの選択肢を与えず元の状態に戻すだけでは従業員が離れてしまう可能性もありますし、人事部門としてはハイブリットワークの取り入れ方や周辺の制度などに工夫が必要な時代になっていると思います。
Manegy編集部: やはり対面で仕事を進める方が効率的な場面は少なからずあると、私自身も感じています。とは言えご家庭の都合などでフル出社必須では働けなかったかもしれない方も、リモートワークを取り入れることで働きやすくなるなどもありますよね。サラリーマンは毎日出社が当たり前!という時代よりも、さまざまな可能性が広がっている気がします。
久木田氏: そうですね。業種によっても違うとは思いますが、0か100かではなく、自社の経営と従業員にとってのベストとなるよう、バランス良く取り入れていけるといいですね。次に2点目ですが、政府が「リスキリング」を推進し始めたというのも大きなポイントだったと思います。今までは、大手企業を中心に言葉としては少しずつ浸透してきていましたが、実際に推進できている企業はほんの一部だったかと思います。しかし政府がキャリアアップ支援を事業として始めたことが、少なからず影響力をもって流れをつくり出しています。
Manegy編集部: 「キャリアアップ助成金」の拡充も、2023年の出来事としてありましたね。e-ラーニング導入にも使えるような、人材開発に関する助成金もいくつか耳にしました。
久木田氏: おっしゃるとおり政府の助成金もあり、個人としてもリスキリングに注力しやすい環境になってきていると思います。そして、それに伴って、従業員自らが自身のキャリアについて考え、主導していく「キャリア自律」の意識が高まっています。企業としては、社員がキャリア自律できるように支援する必要があるという流れが高まっていますね。
Manegy編集部: 毎日会社に来ること、会社の意向に沿って働くこと、などができれば評価されるという時代ではなくなりつつある印象ですね。決して好き勝手にやるのが良いという意味ではなく、自分の意志で自分の人生を切り拓けるような人が、変化の激しい時代においても企業の成長に貢献できるのでしょう。
企業価値向上と従業員個人の幸福との関係とは
久木田氏: そして3点目としては、これがやはり最も大きかったと思いますが、有価証券報告書における人的資本開示義務ですね。特に大企業においては、非常にインパクトの大きい動きだったと思います。「人的資本」というのは非常に広範囲の意味を持つ言葉ですが、最近は人的資本の中でも重視される点の傾向が見えてきた状況かなと思っています。
Manegy編集部: なるほど。2023年3月期決算から義務づけられ、最初は皆手探りであったけれども、最近では方向性が見えてきたのですね。どのような傾向にあるのでしょうか?
久木田氏: 先ほどお話しした1点目・2点目とも関わってきますが、「ウェルビーイング」や「ダイバーシティ&インクルージョン」が重視されているように思います。もう少し踏み込んでお伝えすると、「ウェルビーイングやダイバーシティを推進した先にあるエンゲージメントが企業価値を向上させる」といった、各施策の連動を意識したストーリー構築が重要になってきている印象です。
Manegy編集部: なるほど。「ウェルビーイングを目指しています」「リスキリングを推進しています」などを開示のための個々の動きとして行うのではなく、企業価値向上に向けた一連の動きとしてストーリー立てて取り組むフェーズに入ってきているということでしょうか。
久木田氏: はい、おっしゃるとおりです。実は、従業員の幸福度と労働生産性が紐づいているということが学術的にも証明されています。つまり、「ウェルビーイング推進は企業の生産性向上にも寄与する」ということになりますので、従業員の幸福のサポートは従業員個人のためだけでなく、企業全体の生産性向上につながるのだ、ということを経営側が理解し推進すべきだと思います。
また実際に、エンゲージメントが高い企業とそうでない企業で明確な差が出る点として、「ウェルビーイング推進の目的をどこに置いているか」というのがあります。端的に言うと「エンゲージメント・モチベーションのためのウェルビーイング推進」ではなく「企業価値・生産性の向上まで意識したウェルビーイング推進」をしている企業の方が、エンゲージメントが高いのです。ウェルビーイングの具体的な推進方法として、社員の幸福のための「健康経営」や、仕事の自分ごと化ができる「パーパス経営」などを意識的に行っている企業がエンゲージメントが高いという結果もあります。
Manegy編集部: なるほど、それぞれ調査結果として出ているんですね。心身の健康や目的意識をもった働き方によって、エンゲージメントも高まっていく、ひいては企業全体の生産性向上につながるということですので、人事部門としては目の前だけを見ず、結果的に企業価値向上につながるのは何なのか?を考えたうえで行動を取ることが重要になってきそうです。
久木田氏: 2点目に挙げたお話としてキャリア自律がありましたが、個人のキャリア希望をできるだけ叶えられる環境というのも、社員の幸福度につながるポイントです。ただ会社のニーズとして「このポジションに就いて欲しい」というのは当然あるかと思いますので、そのすり合わせは今後の課題ですね。今までの日本で主流だった終身雇用が崩壊していくにつれて、従業員側からしても「とりあえず長く会社にいれば会社がキャリア形成してくれるだろう」というような意識ではなくなってきています。
ですので、まずは社員個人の希望を聞く環境を整えたり、自社内にこのような仕事がありますよと紹介したり、各部署から社内公募をしてみたりなど、できるだけ自社内で従業員の求めるキャリアの方向性を叶えてあげられるようにするというのが重要です。キャリア自律を推進し従業員の幸福を目指しつつ、リテンションマネジメントやエンゲージメント向上を実現し、そして結果的に労働生産性や企業価値が向上するということです。
Manegy編集部: この会社にいながらキャリアアップを目指せるんだ、ということが見えにくいと、転職という結果になってしまうこともありますもんね。
▼ エンゲージメントの高さ別 ウェルビーイング推進の目的
新世代のトレンドから見る 企業変革の必要性
久木田氏: そうなんです。これからZ世代の採用が増えると思いますが、Z世代は特にキャリア意識が高いと言われています。その会社の中でどのようなキャリアアップをしていけるのか?というのを示せないと、採用も難しくなるかもしれません。なお新卒採用の話ですが、「配属ガチャ」などという言葉が浸透して行く中で、入社後の転勤先なども入社前に伝える企業が増えているようですよ。会社に依存しない個人の生き方を大事にするという流れの一つかと思います。ちなみに少し話は逸れますが、新卒の企業選びで特に注目される点は、「仕事の面白さ・内容」「福利厚生」ですが、最近では「SDGs」への貢献も気にされるそうです。時代の変化を感じますよね。
Manegy編集部: SDGsが学校教育にも取り入れられ始めたのが記憶に新しいですが、そういった傾向がすでに見え始めているのですね。今までのお話を聞いていると、本当にさまざまな要素において、企業の変革の必要性を感じます。
久木田氏: ちなみに新卒採用関連でもう1点お伝えすると、25年卒の新卒就職活動では、半分以上がChatGPTなどの生成AIをエントリーシート作成を始め何らかの形で使っているようです。就活専用の生成AIサービスもあるとのことで、文章力などはもうエントリーシートから読み取る時代ではないかもしれません。
Manegy編集部: すごい時代がやってきましたね…。アウトプットの良さではなく、むしろ時代にあったツールを使いこなせているという事実であったり、生成AIのプロンプト作成など含め、プロセス評価が大事になってきているように感じますね。
▼ 25卒学生の就職活動での生成AI活用に対する意向
現状の課題と人事のこれから
久木田氏: 新卒から話を戻しますが、人的資本開示に伴い、課題も見えてきています。人的資本経営の実現のために欠かせない要素として、自社の人的資本の整理があります。人的資本を把握し、「どこに」「どのような人材を」「どのくらいの人数で」配置するべきかを明確化していきます。これを「人材ポートフォリオ」と言いますが、そもそもの人材データの統合化ができておらず、ほとんどの企業でまだまだ運用ができていないのです。それを実現するには、勤怠、給与、職務歴、スキル、どんな研修を受けているか?など、複数分野にまたがって連携される人事データを整備していくことが今後重要と考えています。
Manegy編集部: 人的資本開示も2年目となり、そういったデータドリブン経営のできも注目されていきそうですね。力を入れて取り組んだ企業の開示内容に注目したいところです。
久木田氏: データ整備のためのDXに伴うツールやデータ分析等に関しても人事部門の重要な業務の一つになりますので、苦手意識を持たずに知識をつけていきたいですね。
Manegy編集部: ここまで2024年の人事トレンドについて、非常に興味深いお話を聞かせていただきました。最後に、今後の人事部門が取り組むべきことについて伺えますか?
久木田氏: 先ほどの流れの中でも申し上げたとおり、個々人の幸福とキャリアの成長サポートが大きなポイントですので、「個人」に視点を向けたマネジメントや育成が重要になります。また、それに伴いマネジメント層の教育も変化させていかなければなりません。上司によるフィードバックの方法を、良いところは褒める、修正すべきところは指摘する等のバランスを取るようにしたり、個人の希望を聞けるように1on1の場を適切に設けるようにしていくべきです。
また、組織全体で共有する理念・パーパスを明確にし、それを噛み砕いて伝えていくことで、社員がその目標に向かって共に成長できるようにすることも人事の大事な役割ですね。個人の幸福と企業の成長が紐づくことが実証されているのは前述のとおりですので、これを読んでくださった皆様は、「開示のため」だけの取組みではなく、従業員一人ひとりの幸せの先にある企業価値向上のための取組みができる人事になっていって欲しいと思います。
Manegy編集部: 貴重なお話ありがとうございました。
取材・文/Manegy編集部 木戸優梨子
記事内で挙げておりました「ウェルビーイング」や「ダイバーシティ&インクルージョン」、「リテンションマネジメント」といった各推進施策に取り組んでいくには、効果検証をしてPDCAを回していくことが非常に重要なポイントとなります。
その際の指標として有効なのが、エンゲージメント・サーベイ結果の活用です。さまざまな施策を打ちながらも、「その施策は本当に効果を上げているのかわからない」というのが非常に多い課題点となっていますが、これがクリアできPDCAを上手く回せている企業は、エンゲージメント・サーベイを活用している企業が多い傾向にあります。社員の「エンゲージメントレベル」の変化は、企業の生産性や離職率などの「結果」に先行して現れるため、人事施策の効果検証指標として、極めて有効です。
とは言え、エンゲージメント・サーベイの設問やシステムを、自社でゼロからつくるのは非常に難易度が高く、一方で外注するとコストがかかる、そして、その結果を効果的に施策に活用することができない、というジレンマをお持ちの人事の方が多いのではないかと思います。
HR総研では、そのような悩みを解消し、より多くの企業が気軽にエンゲージメント・サーベイに取り組めるよう、無料のエンゲージメント・サーベイ(「エンゲージメントコンパス」)をご提供しています。このサーベイは、エンゲージメント研究の権威である学習院大学の守島基博教授が全面的に監修していますので、学術的にも信頼できるサーベイです。サーベイ結果につきましても、HR総研研究員が、個別解説を無料で承っております。
『エンゲージメントコンパス』の詳しい内容について https://www.hrpro.co.jp/ec.php
HR総研への無料ご相談窓口 https://www.hrpro.co.jp/hr_research_institute.php