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今回は、クラウド人事労務ソフト「SmartHR」を展開する株式会社SmartHRで取締役CFOを務める森 雄志氏に、キャリアの中でのターニングポイント、仕事に対する価値観、そして現職における事業・組織の魅力を伺いました。
急成長するSaaS企業のCFOとして、変化の激しい環境で「半歩先」を読み解き、事業成長と健全なガバナンスの両立を追求する森氏の考えは、管理部門でキャリアを築くうえでの貴重なヒントになるでしょう。
森 雄志(もり ゆうじ)
株式会社SmartHR 取締役CFO
2016年楽天株式会社(現 楽天グループ株式会社)に入社。IR部にて、国内外の投資家対応、決算関連業務、株主総会対応、M&A、資金調達など、IRを中心とした幅広いコーポレートアクション業務に携わる。2020年3月に株式会社SmartHRへ入社し、海外投資家対応や資金調達、資本政策などの財務戦略を担当。現在は取締役CFOとして、2030年に売上1,000億円を目指す事業戦略の実現に向け、財務戦略および経営基盤の強化をリードしている。
ーーこれまでのご経歴と、現在の仕事のスタイル・価値観に影響を与えた経験について教えてください。
私のキャリアは、新卒で入社した楽天のIR部門から始まりました。
特に身についたのは、自分で情報を取りに行くという姿勢です。IR担当として投資家と渡り歩くには、会社のありとあらゆる情報を知っていなければなりません。そこには「ここまででOK」という合格ラインは存在せず、常にあらゆる事業の情報を可能な限り把握する必要がありました。
もうひとつ、楽天時代の大きな学びは社長の視点で語る感覚を身に付けたことです。
また、社長の近くで仕事をする機会もある中で、規模が大きくなってもなお、強いリスクテイクで新規事業に挑む姿勢には強い影響を受けました。
自分はいま、どれだけ強度の高い仕事ができているのか、適切なリスクを、本当に取りにいけているかという問いは、当時から今までずっと持ち続けています。
ーーSmartHRへ転職された経緯と、決め手になったポイントを教えてください。
SmartHRへの転職のきっかけは、新卒時代から面識のあった現COO倉橋から声をかけてもらったことでした。
当時のSmartHRはファイナンス機能を本格的に立ち上げていく、まさにこれから事業拡大していくフェーズでした。
財務基盤をゼロから設計できる貴重なタイミングだと思い、転職を決意しました。
ーーSmartHR入社後、これまでどのような役割・課題に取り組んできたのでしょうか。
SmartHRに入社して最初に取り組んだのは、次の大型資金調達に向けた戦略づくりでした。
入社初日から、既存の事業計画をすべて確認し、この成長カーブを維持するにはどれだけの資金が必要なのか、どのステージの投資家が適切なのかという問いを一つずつ丁寧に整理していきました。
その上で、国内外の投資家と対話を重ねながら、SmartHRにとって最適な資金調達のあり方を描いていく。これが私の最初のミッションでした。
同時に、ファイナンス機能そのものもまだ十分に整備されていないフェーズだったため、財務戦略、管理会計、IR、予実管理といったベース機能を一つずつ統合し、ファイナンスが事業の意思決定に貢献できる体制を整えていきました。
その後は、事業成長を支える打ち手として、グループ会社の設立やM&Aにも深く関わるようになりました。
SmartHRが提供できる価値を広げるために、どの領域で仲間を増やし、どの市場に踏み込むべきか。
その判断には、資本配分、バリューアップ戦略、PMIを含めた統合設計など、ファイナンス特有の視点が欠かせません。
入社当時は約200名だった組織も、現在は1,500名規模にまで拡大しています。
SmartHRがここまでの成長を遂げる中で、財務・ガバナンス・組織づくりのすべてが更新されてきましたが、同時にファイナンスの役割が“事業の後処理”から“成長の起点づくり”へと変化し、高度化してきたことを意味しています。
この変化の中心を担えたことは、私自身にとっても非常に大きな経験になりました。
ーー経営目標として、「2030年までに売上1,000億円」という目標を立てた背景を教えてください。
SmartHRはこれまで、SaaS企業の理想的な成長モデルと言われる“T2D3”を達成し、ユニコーン企業としての地位を確立しました。
ただ、T2D3をやりきったタイミングで、逆に「次にどの山を目指すべきか」が見えづらくなったんです。
そこで置いたのが、「2030年に売上1,000億円」という全社共通の目標です。
この目標があることで、事業戦略も組織戦略も中長期で逆算して考えられるようになり、意思決定の基準が明確になります。
この目標には、社内に向けた意味だけでなく、“採用”と“投資家”という2つの外部ステークホルダーに向けた意図も込めています。
「私たちはこの山に挑戦している」と、社内外に明確に宣言することで、戦略も組織も一本の軸でつながるようになった──というのが、1,000億円という目標を掲げた背景です。
ーーSmartHRという事業・サービスの魅力や、成長性についてどのように捉えていますか。
SmartHRは人事労務領域を起点に、従業員データを一元管理し、バックオフィスの生産性を高めるクラウドサービスです。
ただ、私自身は「人事労務SaaSの中でのポジション」だけを見ているわけではありません。
むしろ、日本全体の“働く現場”にどれだけ価値を届けられるかという視点で事業の成長性を捉えています。
人事労務クラウド市場という枠組みの中では、SmartHRは一定のシェアを獲得し、強固なポジションを築くことができました。
しかし、日本全体を俯瞰すると、依然として紙やFAX、オンプレシステムといった“旧来の非効率”に頼っている企業が数多く存在します。
特に飲食・小売・製造・医療といった、IT以外の産業ほどその傾向は顕著で、現場・バックオフィス双方で非効率なオペレーションが根強く残ってしまっています。
こうした現場の生産性をデジタルで底上げできる余白は、まだ圧倒的に大きいと感じています。
また、従業員の働き方に目を向けても、“ホワイトカラー前提”の業務設計を採用している企業は、実は日本全体のごく一部にすぎません。
だからこそSmartHRでは、私たちが当たり前だと思っている働き方やプロセスを、そのままプロダクト・サービス設計に落とし込まないことを大切にしています。
従業員がどんな環境で働いているのか、どんなデバイスを使っているのか、どんな業務負荷があるのか──。
そのリアルな“現場の当たり前”を理解したうえで、本当にフィットするプロダクトをつくっていく姿勢が、SmartHRの大きな強みだと思っています。
SmartHRの成長性は、単に人事労務のデジタル化ニーズがあるから、という話ではありません。
日本の職場の大半は、まだデジタル化されていない。
そして、働く一人ひとりの生産性をもっと引き上げられる余白がある。
この構造的な課題に対して、本質的に価値を提供できるプロダクトであること。
ここに、SmartHRがこれからも大きく成長していける理由があると考えています。
ーーエンタープライズ企業への展開については、どのような課題意識をお持ちでしょうか。
人事労務SaaSは、中小企業を中心に普及が進むことが多い領域ですが、従業員1,000人を超えるようなエンタープライズ企業に目を向けると、依然として紙での業務やオンプレミスのシステムが稼働しているケースが多くあります。
ただし、その背景には“単なるデジタル化の遅れ”ではなく、大企業ならではの複雑性が存在します。
エンタープライズになるほど、業務フローは複雑化し、求められる要件も格段に増えます。
実際、SmartHRは労務管理・タレントマネジメント領域を中心に、すでに日本を代表する大企業にも導入が進んでいますが、その裏側では、プロダクトの「深さ」と「安定性」を高いレベルで両立させるための長期的な取り組みが続いています。
非常に泥臭い取り組みではありますが、ここを妥協せずに積み上げていけるかどうかが、エンタープライズで選ばれ続けるかどうかの分岐点だと感じています。
エンタープライズに向き合うということは、単に機能を足すことではなく、企業の根幹オペレーションを支える“インフラ”としての信頼を磨き続けることでもあります。
SmartHRが次の成長フェーズに進むうえで、ここは非常に重要なテーマだと考えています。
ーー管理部門全体には、どのような役割やスタンスを期待されていますか。
SmartHRは、今後従業員約3,000人規模、売上1,000億円規模の組織を目指しています。その成長にあわせて、管理部門に求められる役割も大きく変わっていきます。
管理部門のメンバーには、「会社の半歩先を見据えてオペレーションを整えよう」と伝えています。
一歩先・二歩先までやってしまうのは、今のフェーズでは過剰な負荷となって、事業成長の足かせになることもある。
一方で、完全に受け身になってしまうと、常に後手に回ってしまいます。
だからこそ、半年〜1年後に必要になる管理体制やオペレーションを先回りして整える。
その絶妙なタイミングを見極める「半歩先」の感覚が重要だと言います。
そのためには、経営・事業の状況を正しく理解しておくことが不可欠であり、私自身も経営の情報を各管掌部署にしっかり還流するよう意識しています。
管理部門は単なる“守り”の組織ではなく、事業の成長を加速させるための“構造づくり”を担う重要なパートナーであるべきだと考えています。
ーーこれまでのキャリアを振り返って、「やっておいてよかったこと」は何でしょうか。
一番に挙げるとすれば、「身近な人への貢献」を徹底してきたことだと思います。
新卒のころは、会社全体にどう貢献するか、というような大きな視点は持っていませんでした。
とにかく半径2メートル以内にいる上司や先輩にとって“役に立つ存在”になれるかどうかだけを一生懸命考えていました。
まず身近な人に信頼され、仕事を任せてもらえるようになる――その積み重ねなしに、会社全体への貢献はあり得ない。
当時は無意識でしたが、今振り返ると、この姿勢は自分のキャリアの大きな土台になったと思います。
今でも、視座は“事業”や“企業価値”といったより大きなものに向きつつも、同時に「社長の役に立てているか?」という、とても身近な視点を大切にしています。
直属の上司が何を求めているのか、その期待にしっかり応えられているかを考えることは、CFOとしての役割を果たすうえでも欠かせません。
身近な人の期待値を理解しないまま、抽象的な“貢献”だけを追いかけると、どうしても空回りしてしまうものです。
だからこそ、日々一緒に働く人への具体的な貢献を積み重ねることが、結果的には会社全体への価値につながっていくと感じています。
ーー管理部門の読者におすすめしたい書籍があれば教えてください。
私がよく思い出すのは、政治学者・丸山眞男氏の評論「“である”ことと“する”こと」です。大学時代に読んだときはピンと来なかったのですが、今の立場になって読み返すと、深く理解できて納得できました。
“である(BEING)”は状態や属性を表し、“する(DOING)”は行為そのものを指します。
丸山氏が述べているのは、「ある状態として“である”ことを保つためには、“する”ことをやり続けなければいけない」ということです。
この考え方は、企業カルチャーにも非常に通じると思っています。
どれだけ立派なカルチャーやバリューを掲げても、そこに沿った行動を続けなければ、いずれ形骸化してしまいます。
たとえばSmartHRには、「ためらう時こそ口にしよう」という、言いにくいことも含めた建設的なフィードバックを歓迎するバリューがありますが、これは経営陣自身が体現し続けて初めて、本当の価値を持ちます。
経営陣がやらなければ、社員にとってはただのスローガンで終わってしまいますよね。
コンプライアンスもまったく同じです。
「大事だ」と宣言するだけでなく、違反を見逃さない体制構築や、組織のコンプライアンス意識を高める活動を実行し続ける。その行動の積み重ねなくして、健全なガバナンスは維持できません。
「コンプライアンスを重視する」「ガバナンスを強化する」と掲げたのであれば、そこに見合った行動を取り続けること。
“である”と“する”を結びつけて考えるうえで、この評論は非常に示唆に富んだ一冊だと思っています。
ーー最後に、これからのキャリアを考える管理部門・士業の読者にメッセージをお願いします。
SmartHRのように、数百〜数千人規模からさらにその先のスケールを目指すフェーズは、管理部門にとって非常にチャレンジングですが、同時に大きなチャンスでもあります。
管理部門の意思決定やオペレーションのつくり方次第で、会社の成長を加速させることも、逆にブレーキをかけてしまうこともあるでしょう。責任は重いですが、その分、事業や組織に大きな影響を与えられる仕事です。
そして、私はよくメンバーにも「自分のやり方をアップデートし続けよう」と伝えています。
経験やスキルは大きな資産ですが、それに固執しすぎると環境変化に対応できなくなることもあります。
必要に応じてアンラーニングし、柔軟に自分のスタンスを変えていくことが、今後ますます重要になっていくはずです。
また、私はキャリアを語るとき、「半径2メートルの人への貢献」という視点を大切にしています。
まずは身近な人に信頼され、期待される存在になる。その積み重ねこそが、最終的に大きな貢献につながっていきます。
これからの管理部門には、教科書どおりでは答えが出ない場面がますます増えていきます。
そんな中で、自分をアップデートし続けながら、仲間とともに“テキストブックのない成長フェーズ”を切り開いていく——そうした姿勢を持った方々と一緒に仕事ができたら、とても嬉しいですね。

インタビュアー
清水 悠太(しみず ゆうた)/ 株式会社MS-Japan マーケティングDivision / 執行役員

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