2024年のトレンド予想
法務
弁護士ドットコム株式会社/取締役・弁護士
田上 嘉一 氏
早稲田大学大学院法学研究科卒業。
アンダーソン・毛利・友常法律事務所(現:アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業)入所、企業のM&Aや、不動産証券化などの案件に従事。 2010年Queen Mary University of Londonに留学。2012年アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業に復帰、2013年グリー株式会社に入社、法務や新規事業の立ち上げに携わる。2015年7月に弁護士ドットコム株式会社入社、2017年4月より執行役員に就任、2019年6月より取締役に就任。

国内で”リーガルテック”という言葉が使われ始めて数年が経ちましたが、皆様の周りではどの程度利用されているでしょうか?新型コロナの流行でリモートワークが進む中、利用者数が急激に増加したと言われている電子契約サービスはもちろん、昨年8月には法務省から弁護士法第72条のガイドラインが公表され、AI契約書レビューサービスも改めて利用が伸びそうです。法務業務が電子化されていく流れの中で、法務部門はどのようなことを考え、どのようなことを実施して行けば良いのでしょうか?
今回は日本最大級の法律相談ポータルサイト「弁護士ドットコム」や電子契約サービス「クラウドサイン」を提供する弁護士ドットコム株式会社の取締役であり、弁護士の田上嘉一氏に、リーガルテックの最新事情や2024年度の法務周辺のトレンドに関してお話をお聞きしました。
コロナ以降、一気に広がったリーガルテックサービスの今

Manegy編集部: 企業法務のトレンドを考える際に、リーガルテックの動向が大きく関わるだろうと考えています。昨年までの流れを振り返るに当たって、まずはここ数年のリーガルテック界隈について振り返りたいと思います。
田上氏: 国内でリーガルテックというワードが流行り始めたのは2018年ころからでしょうか。そこから数年で電子契約や契約書レビュー、契約書管理などのサービスを提供するプレイヤー(企業)が増えていき、昨年あたりからは新たなプレイヤーが増えるというよりも、既存のサービスでの周辺領域の拡張や、サービス同士が連携を強化する流れがあったように思います。
Manegy編集部: お話にあがった契約書レビューのサービスといえば、昨年、法務省のガイドラインが出たことで、ある意味で安心して利用できるような状況になったとも言えますね。
AI契約書レビューに関する弁護士法72条の法務省ガイドラインの説明
弁護士法第72条 弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。ただし、この法律又は他の法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。
出典:弁護士法 https://elaws.e-gov.go.jp/
田上氏: 新たなガイドラインでは、全てがOKというわけではなく、ケースや場合により使える形となったため、今まで曖昧だった法的解釈にはっきりと線が引かれた点においては、安心して使えるようになったと言えるかもしれませんね。契約書レビューサービス以外だと、2020年ごろから弊社も提供を開始しているリーガルリサーチサービスの利用も進んでいます。
Manegy編集部: リーガルリサーチというと、法律専門書や実務書などをデータ化して検索性を高めるサービスですよね。法務業務に関する調べ物の時間がだいぶ短縮できると伺っていますが。
田上氏: はい、リーガルリサーチサービスについては、ここ3年ほどでだいぶ利用が進んだジャンルだと思います。ちょうどコロナ禍でオフィスや図書館に行きづらい状況の中、専門的な調べ物ができるという点で利用が進んだのだと思います。その後も、リモートワーク自体の継続もあり、普及し続けているのかと思います。
Manegy編集部: 利用者が増えているということは、掲載書籍数などの調べられるデータの量も増えているのでしょうか?
田上氏: 弊社のサービスの場合、掲載している出版社様にもリーガルリサーチサービスの認知や理解が進んだことで、掲載出版社数や書籍数も多くなっています。
Manegy編集部: リーガルリサーチの分野はデータが増えるほど便利になるので、今後さらに成長しそうな分野ですね。他のサービスジャンルでいうといかがでしょうか?
田上氏: あとは契約書の作成・レビュー・締結・管理までの流れをコントラクト・ライフサイクル・マネジメント=CLMと言っていますが、その流れに合わせて各社が自社のサービスの前後の部分に領域を広げるような流れはありますね。
Manegy編集部: ここまでのお話を振り返ると、リーガルテックのサービスも普及期に入り利用者がますます増えている印象ですね。マーケットとしてみるといかがでしょうか?
田上氏: 法務部の利用はおっしゃる通り増えていると思いますが、マーケットのことを考えると、法務部以外の利用がどれだけ進むかがもポイントになってくると思っています。電子契約サービス〈図1〉はすでに法務部以外の多くの部署で利用されていますが、その他のサービスも法務部以外の部署が利用するようになればマーケット自体が広がると考えていますね。

▲図1. 電子契約サービス市場規模推移および予測(2020~2026年度予測)
生成AIで変わる法務業務、2024年度のトレンドは?
Manegy編集部: いろいろと振り返りましたが、次は2024年のトレンドについてお聞かせください。リーガルテックの分野だと、どういった流れが起こりそうですか?
田上氏: 2022年後半以降、生成AIサービスが出始めましたが、ChatGPTのようなテキストの生成AIと法務業務は非常に相性が良いので、契約書のレビューだけでなく、文章要約やドラフティング、リサーチ業務など、パラリーガル業務で多用できそうな印象です。
とはいえ、法律の条文や、判例データなど、まだまだAIが知りえない法律に関する情報が多いので、そういった情報を学習した特化型のAIサービスなどが出てくると更に便利になると思います。
Manegy編集部: 生成AIやリーガルテックに関しては海外の方が進んでいる部分も多いと思います。また日本企業の海外との取引も増えている中、英文契約や海外法などグローバルに対応したサービスなども出てきているのでしょうか?
田上氏: この分野においては、確かに英語圏の方が情報量や事例なども豊富ですが、法律は国ごとに違うということもあり、日本の場合は独自のマーケットになっていて、国産のサービスが強いですね。
Manegy編集部: 確かに、商習慣や雇用においても日本は独自の部分が多いですからね。管理部門だと、会計システムや人事管理システムなどの分野でも国産が強いのも同じ理由かもしれません。続いて法務業務の部分ではどのようなトレンドがありそうでしょうか?
田上氏: 技術の革新が進み、ビジネスの環境が変化することで、リスクの種類も量も増えています。特にセキュリティのリスクは年々高まっているので、さらに注目されると思っています。
Manegy編集部: 変化する法律のキャッチアップはもちろんですが、セキュリティなどの技術的なリスクに対する対応は、法律知識だけでは解決できない部分も出てきそうですね。
田上氏: 企業がさまざまなデータを所有する以上、セキュリティのリスクからは逃れられないですが、通常の法律知識だけでは対処できないことも多くなってくると思います。すでに、エンジニアや技術的なバックグラウンドがあるようなリーガルパーソンでもない限り対処が難しい事象も起こりつつあるのではないかと思っています。
Manegy編集部: 法律知識は当然として、それ以外にITの技術であったり、法律知識以外の付加価値が法務パーソンにも必要になっていくというのが2024年度以降の一つのトレンドになるかもしれませんね。

企業を取り巻くリスクが多様化する今、2024年に法務パーソンが取り組むべき課題は?
Manegy編集部: 法務パーソンに求められることの話になってきたところで、これから法務パーソンがやるべきことについてもお聞かせください。
田上氏: 昨今、人権問題に関して注目されるニュースが多いですよね。
Manegy編集部: はい、芸能事務所の性加害の問題や、アパレル大手さんのウイグル問題などは記憶に新しいところです。
田上氏: 従来、会社法や取引における契約、規制への対応などを法務部が対応してきました。それが最近では、人権への対応のリスクでビジネスに大きな打撃を受けてしまうことが出てきているため、こういった部分へのリスクヘッジの対応部署として、法務部が役割を担っていくのではないかと思います。
Manegy編集部: 人権問題だけでなく、売上利益重視からSDGsへの取り組みなどに企業に求められることが変化している流れも、法務業務に影響しているわけですね。
田上氏: このような役割は、従来の契約とかコンプライアンスの仕事とは違った新たな領域となります。さらに、昨今では、企業が週刊誌に取り上げられるだけでも企業価値が大きく損なわれる恐れがありますし、これまで法務部門が気にしてこなかった部分にも注意をはらっておく必要が出てきています。
Manegy編集部: 危機管理対応や炎上対応などですね、従来は広報や総務の仕事のような部分でした。
田上氏: 他にも、大規模なアクシデントやインシデントの発生など、その会社の法務部門はどういった対応が求められるのか、普段から考えている人は少ないと思います。これまでは取引や法規制の部分に対する守りの要のような役割を求められていたのが法務部だと思いますが、今後は契約や法律以外も含めて幅広い知見が求められるようになると思います。
Manegy編集部: 法務パーソンに求められる知識が法律知識以外に広がるというのは、先ほどのセキュリティリスクの話ともつながりますね。
田上氏: 数年前までは、たくさんの法律知識や周辺情報を知っていること=知識量が多いことが優秀な法務人材だと言われていました。それ自体はいまも変わらない部分もありますが、これからはさまざまなサービスの普及によって情報収集に使う時間が大幅に効率化されてスピードアップして行きます。そのため、優秀な法務パーソン像も変化します。おそらく、多くの知識があるだけではなく、その情報をどうつなげて、どう届けるか、の部分の重要性が高まるので、コミュニケーション力やプレゼン力などの部分が法務パーソンにとって重要になっていくと思います。
Manegy編集部: まとめる力や届ける力というのは、他の管理部門にも今後求められるスキルになりそうですが、法務でも同様ということですね。他にも前提となっている情報収集のためのツールの利用や、まとめる力を補助する生成AIサービスの活用などITの利活用や導入に関する部分も必要になりそうですね。
田上氏: そうですね、法務パーソンの中でも、特に上層部ほど便利なツールの導入や活用に積極的である必要があります。以前は、製本テープをきれいに貼るのを練習したり、紙の契約書が無くて1日中数人がかりで探したりと、今考えるとのんびりしていた時代もありましたが、そういう無駄は今後もなくなって行くのが法務部門のトレンドであり、法務パーソンが押さえておくべき流れと言えるでしょう。

読者へのメッセージ
Manegy編集部: いろいろとお聞かせ頂きありがとうございました。最後にこの特集を御覧の皆様にメッセージをお願いします。
田上氏: 繰り返しにもなりますが、今後はリーガルテックや周辺のツールも進化し、どんどん便利になっていくでしょう。それを使う人と使わない人を比較したら、使う人の方が有利なはずですよね。また、以前は情報の非対称性があったので、法律の条文を知っているだけで重宝されましたが、今ではネットで検索して調べたらわかることを覚えているだけでは付加価値にはなりません。
そういう前提の中、皆様が法務パーソンとしてどのように付加価値を出していくべきなのか、本日のお話が参考になれば幸いです。
Manegy編集部: ありがとうございました。
取材・文/Manegy編集部 有山智規