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この記事の筆者
松田 康隆
ロジットパートナーズ法律会計事務所 代表
弁護士、公認会計士、税理士
大手監査法人、外資系コンサルファーム、外資系金融機関での豊富な業務経験を経て、2023年にロジットパートナーズ法律会計事務所を設立 法律、会計、税務、ITの専門知識に加え、コンサルファームで培った分析力と課題解決力を活用し、最先端のデジタル技術も駆使したアプローチでクライアントの課題解決に貢献している
障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(以下「障害者差別解消法」)は平成28年に施行された比較的新しい法律です。この法律は「障害を理由とする差別の解消を推進し、もって全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に資すること」(第1条)を目的としています。
障害者差別解消法は、事業者(「商業その他の事業を行うもの」)に対して以下の3つの義務を課しています。
不当な差別的取扱いの禁止(第8条第1項)
障害者差別解消法第8条第1項は、「事業者は、その事業を行うに当たり、障害を理由として障害者でない者と不当な差別的取扱いをすることにより、障害者の権利利益を侵害してはならない。」と定め、障害者に対する不当な差別的取扱いを禁止しています。例えば、障害者であることを理由にサービスの提供を不当に拒否することは本条項に違反することとなります。
合理的配慮の提供義務(第8条第2項)
障害者差別解消法第8条第2項は、「事業者は、その事業を行うに当たり、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をしなければならない。」と定め、障害者に対する合理的配慮の提供を義務付けています。詳細は後述します。
環境整備義務(第5条)
障害者差別解消法第5条は、「行政機関等及び事業者は、社会的障壁の除去の実施についての必要かつ合理的な配慮を的確に行うため、自ら設置する施設の構造の改善及び設備の整備、関係職員に対する研修その他の必要な環境の整備に努めなければならない。」と規定し、環境整備に関する努力義務を定めています。
従前の障害者差別解消法は、事業者について、第8条第1項の「不当な差別的取扱いの禁止」は法的義務(しなければならない)とする一方、第8条第2項の「合理的配慮の提供」及び第5条の「環境の整備」は努力義務(するよう務めなければならない)としていました。
しかし令和6年4月施行の改正により、事業者による「合理的配慮の提供」が法的義務(しなければならない)に格上げされました。全ての事業者が令和6年4月から新たな法的義務を当然に負うこととなる、極めて影響範囲の広い法改正といえます。
内閣府の法改正リーフレットでは、考慮要素として物理的環境への配慮(例:バリアフリー設計)、意思疎通への配慮(例:筆談の提供)、ルール・慣行の柔軟な変更(例:障害者が必要とするサポート機器の使用許可)が挙げられています。
障害者差別解消法第8条第2項は、事業者による負担が「過重」な対応までを求めるものではないことを明文化しています。例えば、小売店や飲食店が障害者である顧客に対する介助・付添いを求められた場合、すべての依頼に対応することは人的・時間的制約から現実的ではないでしょう。そのような過重な対応までを取らなかったからといって、合理的配慮の提供義務に違反したことにはなりません。
過重であるか否かの判断基準として、内閣府の法改正リーフレットでは以下の5つを挙げています。各事業者はこれらの観点に基づき、対応に伴う負担が過重か否かを個別に検討・判断する必要があります。
① 事務・事業への影響の程度(事務・事業の目的・内容・機能を損なうか否か)
② 実現可能性の程度(物理的・技術的制約、人的・体制上の制約)
③ 費用・負担の程度
④ 事務・事業規模
⑤ 財政・財務状況
合理的配慮の内容や範囲を検討するにあたり、以下の公的資料が有用です。各事業者においては、これらの資料を参照しつつ、想定される具体的なケースにおける合理的配慮の内容、そしてどの程度の対応であれば過重な負担でないかを検討し、対応マニュアル等に落とし込む作業が必要となります。
内閣府 障害を理由とする差別の解消の推進に関する基本方針
政府による障害者差別解消に関する基本方針であり、合理的配慮の内容を検討する際にも出発点となります。
関係府省庁所管事業分野における障害を理由とする差別の解消の推進に関する対応指針
各関係省庁が、所管する事業者に対して指針を提供しています。各事業者においては、所管官庁が提供している対応指針の内容を把握しておくべきと考えられます。
内閣府 法改正リーフレット
令和6年4月改正について解説した12ページのリーフレットです。合理的配慮の留意事項や判断基準、具体例などが記載されています。
内閣府 障害者差別解消に関する事例データベース
「不当な差別的取扱いの禁止」や「合理的配慮の提供」、「環境の整備」について、行政機関や事業者等の相談窓口に寄せられた具体例を、障害種別などに応じて検索できるシステムです。
内閣府 合理的配慮等具体例データ集
合理的配慮の具体的な事例を紹介しているページです。障害種別や生活の場面による検索が可能です。
デジタル庁 ウェブアクセシビリティ導入ガイドブック
デジタル庁が公表している、ウェブアクセシビリティ(利用者の障害の有無やその程度、年齢や利用環境にかかわらず、ウェブで提供されている情報やサービスを利用できること)の導入についてのガイドブックです。具体例が豊富に記載されており、BtoCウェブサイトやスマホアプリの構築にあたって参考になる資料です。
事業者が合理的配慮の提供義務に違反した場合の影響として以下が考えられます。
罰則
事業者が第8条の義務に違反した場合、所管官庁から報告を求められる場合があります。そして、報告を懈怠したり虚偽の報告を行った場合は過料の制裁を受けるおそれがあります(障害者差別解消法第26条、第12条)。
損害賠償請求
合理的配慮の提供が法的義務とされたことで、合理的配慮の不提供はすなわち違法行為となります。今後は事業者に対し、障害者差別解消法違反を理由とした損害賠償請求(民法709条)がなされるケースが増加すると考えられます。事業者としては、基本的な対応方針を明確に定めた上で、適切と考える要求に対しては真摯に対応することで、損害賠償リスクを極小化することが求められます。
レピュテーションリスク
障害者差別解消法の改正に伴い、障害者差別に対する社会全体の感度はますます上がっています。適切な対応を取れなければ、SNS等で「差別企業」のレッテルを貼られるケースも考えられます。それらのリスクも考慮した上で、企業としてどこまでの対応を取るかを慎重に検討する必要があります。
障害者差別解消法とは別に、各自治体においても障害者差別に関する条例を独自に制定しているケースが多いです。各事業者においては、所在する自治体の条例を十分に理解し遵守することが求められます。
例えば東京都では、平成30年に「東京都障害者への理解促進及び差別解消の推進に関する条例」が施行されました。同条例では事業者による合理的配慮の提供が義務化されており、今回の障害者差別解消法の改正の先取りともいえます。違反に対する罰則はありませんが、紛争が生じた場合に東京都が「あっせん」する制度が設けられており、「あっせん」で解決しない場合、知事からの是正勧告や事業者名の公表へとつながる制度設計となっています。
過去の実績では「あっせん」で解決したケースが2件あるのみで、是正勧告や公表の事例はありませんが、障害者差別解消法の改正に伴いこちらも制度活用が活発化する可能性があり、事業者としては留意が必要です。
今回の障害者差別解消法の改正は、事業者に「合理的配慮の提供」という法的義務を新たに課すものであり、その影響範囲は非常に広範です。各事業者は規程類の整備や教育研修を通じて、企業としての責任と自信を持って障害者対応ができる態勢を構築することが求められます。
事業者がとるべき「合理的配慮」の具体的な内容を内部規程やマニュアルとして明文化し、従業員が理解しやすい形で提示することが重要です。特に「過重な負担」の範囲や判断基準については、一貫性をもった対応が必要となります。マニュアル上でケースシナリオを設定して考え方と結論を示したり、事業者としてのOK事例・NG事例を列挙して線引きを明確化するなど、可能な限り具体的に規定することが求められます。
何から手を付けてよいか分からないという場合、たたき台として内閣府の「公共サービス窓口配慮マニュアル」が参考になります。同マニュアルをベースに、各事業者の状況に応じて可能な限り対応を明文化するアプローチが効果的です。
実効的な障害者対応の実現にあたっては、規程類の整備に留まらず、教育研修の定期的な実施が不可欠です。合理的配慮についての知識やスキルを従業員に習得させるために、ケーススタディやロールプレイを取り入れた研修プログラムを導入することが有効です。 具体的なケースとしては、前掲の内閣府の事例データ集が有用です。ここから各事業者のビジネスにマッチするものをピックアップし、現場の状況に合わせてカスタマイズして活用するのが効果的です。
2024年4月施行の障害者差別解消法改正により事業者における合理的配慮の提供が法的義務とされたことで、事業者側からは「どのように対応すべきか分からない」「クレームを受けるのが不安」との声が多くあがっています。しかし、障害者差別解消法は事業者に対し「過重な負担」を求めるものではありません。事前に想定されるケースを網羅的に検討し、自社の対応能力の限界を見極め、粛々と態勢整備を進めれば、大きな問題発生は十分に予防できます。各事業者においては、冷静かつ前向きな対応が求められます。
筆者のご案内
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執筆者:ロジットパートナーズ法律会計事務所 代表 松田 康隆様
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