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改善基準告示とは、正式名称を「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」といい、いわゆる「自動車運転者」を対象とし、これらの方々の労働条件向上を図ることを目的として定められたものです。「自動車運転者」とは、労働基準法第9条に規定される労働者であって、四輪以上の「自動車の運転の業務に主として従事する者」を指します。
ここでの「自動車の運転の業務に主として従事する者」に該当するかどうかは、実態として、物品または人を運搬するために自動車を運転する時間が現に労働時間の半分を超えており、かつ当該業務に従事する時間が年間総労働時間の半分を超えることが見込まれる場合には該当するとされ、具体的には、トラック、バス、ハイヤー・タクシーの運転者が該当します。
改善基準告示がわざわざ労働基準法とは別に設けられているのは、自動車運転者の仕事は、その業務の特性上、拘束時間(休憩時間を含む始業から就業までの時間)・休息期間(勤務と勤務の間の自由な時間)・運転時間等などについて、すべての産業に適用される労働基準法では規制が難しい、ということがあります。
そのため、改善基準告示において具体的に定められている規制内容は、まさにこの拘束時間・休息期間・運転時間等についてとなります。1989(平成元)年に定められた改善基準告示は数度の改正を経ておりますが、直近では2022(令和4)年12月23日に改正されたものが、2024(令和6)年4月1日より適用開始となっております。
本記事では、この2024(令和6)年4月1日より適用が開始された改正のポイントとその影響、対応についてご説明していきます。
▼この記事を書いた人
寺山 晋太郎
社会保険労務士
社会保険労務士法人 宮嶋社会保険労務士事務所
福島県出身。一橋大学社会学部卒業。大手鉄道会社にて現業や本社勤務など様々な業務を経験。2014年第一子誕生を機に育休を取得。その後現職に転じ、働きながら社労士資格を取得。社労士業の傍ら、3児の父親としても奮闘中。
改善基準告示の改正内容ポイントを一言で表すと、「より労働者を保護する方向での改正が進められた」という一点に尽きます。なぜこのような方向性になったかというと、大きく二つの要因があります。
一つ目は労働基準法の改正です。2019(令和元)年に行われた労働基準法改正において、それまで実質的に制限がなかった「時間外労働時間」に上限規制(最大で年960時間以内)が設けられたのですが、運送業・物流業には2024(令和6)年3月末まで適用が猶予されておりました。今回の改正は、この猶予解除タイミングに合わせる形となっております。
二つ目は運送業界が抱える問題です。トラックやバスの運転業務は、他の業種と比較して労働時間が長い傾向があり、また有効求人倍率(有効求職者数に対する有効求人数の割合)も全産業平均より高い傾向が続いていることから、慢性的に人手不足となっております。
こういった状況のため、労働者の負担をより軽くする方向で改正がなされています。具体的には、拘束時間は改正前よりも基本的に短くなる一方で、休息時間は逆に改正前よりも長くなっています。では、改正ポイントを車種別に見ていきましょう。
まず、1年の拘束時間は原則3,300時間、最大3,400時間(改正前:3516時間)に抑える必要があります。その枠の中で、1ヶ月の拘束時間は原則284時間、最大310時間(改正前:原則293時間、最大320時間)になりました。最大というのは、あくまで労使協定を結んだうえでの例外的な取り扱いとなります。
また1日の拘束時間は13時間以内で、やむを得ず延長する場合であっても15時間以内が上限となります。ただ、14時間を超える日は1週間に2回以内が目安です。次に1日の休息期間ですが、継続11時間以上与えることを基本とし、9時間を下回らないようにする必要があります。
また運転時間は、特定日を基準とし、その前日とその翌日の2日を平均した1日当たり(2日平均1日)の運転時間がどちらか9時間以内であれば良く、加えて2週間を平均した1週間当たり(2週平均1週)の運転時間を44時間以内とする必要があります。
なお連続運転時間は4時間以内とし、運転開始後4時間以内又は4時間経過直後に30分以上の運転の中断が必要となります。中断時には、原則として休憩を与えなければなりませんが、当該中断は1回をおおむね連続10分以上としたうえで分割して与えることも可能です。
まず拘束時間ですが、事業場の労務管理の実態等に応じて「1年・1か月」もしくは「52週・4週平均1週」のいずれかの基準を選択します。「1年・1か月」の場合は、1年では原則3,300時間、最大3,400時間(改正前:最大3,484時間)、1か月では281時間、最大294時間(改正前:最大304時間)となり、「52週・4週平均1週」の場合は、52週で原則3,300時間、最大3,400時間。4週平均1週で原則65時間、最大68時間となります。
最大というのは、貸し切りバス等乗務者でかつ労使協定を結んだ例外的な場合となります。また1日の拘束時間は13時間以内で、やむを得ず延長する場合であっても15時間以内が上限となります。ただ、14時間を超える日は1週間に3回以内が目安です。次に1日の休息期間ですが、継続11時間以上与えることを基本とし、9時間を下回らないようにする必要があります。
また運転時間は、特定日を基準とし、その前日とその翌日の2日を平均した1日当たり(2日平均1日)の運転時間がどちらか9時間以内であれば良く、加えて4週間を平均した1週間当たり(4週平均1週)の運転時間を40時間以内(貸し切りバス等乗務者かつ労使協定を結んだ場合は44時間)とする必要があります。
なお連続運転時間は4時間以内とし、運転開始後4時間以内又は4時間経過直後に30分以上運転を中断し、休憩を与えなければなりません。運転の中断は1回を10分以上としたうえで分割することも可能です。加えて高速バス・貸し切りバスの場合は、高速道路の実車運行区間の連続運転時間はおおむね2時間以内とするように努めなければなりませんので注意が必要です。
日勤か隔日勤務(始業及び就業の時刻が同一日に属さない業務)かによって異なります。まず日勤の場合、1か月の拘束時間は288時間(改正前:299時間)、1日の拘束時間は13時間以内(上限15時間、14時間を超える日は1週間に3回以内が目安)です。1日の休息期間は継続11時間以上与えることを基本とし、9時間を下回らないようにする必要があります。次に隔日勤務の場合は、1か月の拘束時間は原則262時間、最大270時間。2暦日の拘束時間は22時間以内かつ2回の隔日勤務を平均して隔日勤務1回あたり21時間以内とする必要があります。
また休息期間は勤務終了後継続24時間以上与えるよう努めることを基本とし、継続22時間を下回ってはいけません。なお、日勤勤務と隔日勤務を併用して頻繁に勤務形態を変えることは、労働者への負担が大きいことから認められませんので注意が必要です。なお、いわゆる「車庫待ち」(顧客の需要に対応するため常態として車庫等において待機する就業形態)の場合については、一定条件を満たせば上記とは異なる基準が適用されることとなります。
今回の改善基準告示改正は、同時に適用される時間外労働の上限規制と相まって、トラック・バス・タクシー運転者の労働時間を短くすることとなります。そうなれば当然、輸送能力が不足し、物流や旅客輸送に大きな影響が出ることが予想されます。これがいわゆる「2024年問題」と言われているもので、何も対策を講じなければ2024年には14%、2030年には34%の輸送力が不足する可能性があると試算されております。
この2024年問題が社会にもたらす影響は深刻であり、例えばトラック業界では、労働力不足によってこれまで通りの輸送(特に長距離輸送)ができなくなったり、荷主側も必要な時に荷物の発送を断られ、時間通りに取引先へ荷物を届けることが難しくなったりすることが考えられます。
またバス業界では、既にいくつかの自治体やバス会社等において、運転手の労働時間が確保できず、結果として運行本数の大幅な減便や、もしくは路線・系統自体の廃止を決定するところが出ています。また修学旅行等で使われる貸し切りバスも運転手が足りないため手配できず、旅行日程の変更を余儀なくされるなど、市民生活にも影響が出始めています。
まず時間外労働の上限規制ですが、これは前述の通り労働基準法という法令の改正により定められたものですので、違反した場合罰則(6か月以下の懲役or30万円以下の罰金)が科せられます。なお違反が重大・悪質な場合は「労働基準関係法令違反に係る公表事案」として企業名やその所在地が公表されますので、コンプライアンス違反として大きな社会的制裁を受けることとなります。
次に改善基準告知についてですが、本告示は法律ではなく厚生労働大臣告示であるため、仮に違反しても罰則の規定はありません。しかしながら労働基準監督署による是正勧告や地方運輸機関による行政指導の対象となりますし、場合によっては車両停止などの重い行政処分が下される可能性もあります。
この点、労働基準監督機関と地方運輸機関は相互通報制度を採用していて、互いに連携して強力な監督体制を構築しています。そのため、いわゆる「見つからなければいい」という態度は通用しませんし、そもそも告示に違反するような労働環境では、従業員の定着も難しいでしょう。
従業員が定着しなければさらに人手が減り、労働環境が余計に悪化するという悪循環を引き起こすことにもなりかねません。そのため、改善基準告示の厳守は企業経営上も必須の事項と言えます。
まずは当然のことかとは思いますが、今回の改正内容を管理部門としてしっかりと熟知することが必要となります。前項にて車種別に改正のポイントをご説明いたしましたが、これ以外にも改正は多岐にわたっており、「予期しえない事象が発生した場合」や「二人乗務時などの特例」など、本稿では説明しきれなかった部分もございますので、インターネット等をご利用いただき情報収集に努めて頂ければと存じます。
例えば厚生労働省は「自動車運転者の長時間労働改善に向けたポータルサイト」(https://driver-roudou-jikan.mhlw.go.jp/)を設置しており、車種ごとに改正情報や関係資料が集約されております。また某動画共有サイトには労働局など各種行政機関の公式チャンネルから説明動画がアップロードされておりますので、ご活用いただければと存じます。
次に、ドライバーの現状の労働時間を適切に把握することが必要です。デジタルタコグラフなどを活用し、改正後の改善基準告示がしっかりと守られているかどうかチェックしましょう。そのうえで、もしも改善基準告示が守られていないケースがあった場合は、何が原因なのかを突き止めていくことが必要です。
そもそも人手が足りておらず労働者一人ひとりが長時間労働をせざるを得ないという根本的な問題があるかもしれませんし、荷物の積み下ろしや荷待ち等による待機時間・停車時間が長い、もしくは旅行業者など依頼主からの余裕のない運行依頼に応えるため少々の無理はやむを得ないといった、自社だけでは解決するのが難しい問題もあるかもしれません。このようにまずは現状の把握と、万が一守れていない場合はその原因究明に努めましょう。
現状を把握できましたら、その改善に向けて具体的な取り組みを検討していきましょう。例えば人手が足りていないのであれば、ドライバーの賃金アップに繋がるよう荷主等と運賃交渉を行って原資を確保するよう努め、待遇向上を通じて採用活動を強化することが考えられます(トラック運賃の適正化については令和6年3月に厚生労働省より「新たなトラックの標準的運賃」[https://www.mlit.go.jp/report/press/jidosha04_hh_000294.html]が告示されております)し、ドライバー構成的に少ない女性に対する訴求力を向上するため、育児短時間運行ダイヤの整備や女性運転士専用路線の設置などを行うことなども考えられます。
また荷待ち時間が長いのであれば、例えばまず運行記録情報を可視化し、荷待ち時間を客観的に見られる状態にしたうえで荷主に提示し、それをもとに交渉していくことが考えられます。荷主にとっても、運行に関する具体的な情報が得られるのは望ましいことであると考えられます。様々な形で労働条件の改善に取り組んでいる自動車運送事業者を「見える化」するための制度として「働きやすい職場認証制度」(https://www.untenshashokuba.go.jp/merit)というものもあり、認証を受けることで様々なメリットを享受できます。
また、IOTを活用していくことも重要です。実例を挙げれば、拘束時間や休息期間、運転時間を一元的にリアルタイム管理できる運行管理システムの導入を通じた業務効率化や、同一の配車システムを導入している複数会社の配車センターをクラウドを利用して一元化し経費削減を図ると共に、会社をまたいだ配車を行うことで実車率向上にも繋げるといった取り組みが行われています。なおこういった実例は先ほど紹介した厚生労働省「自動車運転者の長時間労働改善に向けたポータルサイト」(https://driver-roudou-jikan.mhlw.go.jp/)においても紹介されておりますので、参考にしていただければと思います。
トラック、バス、ハイヤー・タクシーといった道路貨物運送業は、他の産業と比べて長時間労働の実態にある一方で、社会的に果たす役割は非常に大きい、欠かすことのできない重要な事業でもあります。その重要性は国も勿論認識していて、事業の健全な維持発展を促すために様々な施策がとられており、今回行われた改善基準告示の改正もそのうちの一つです。少子高齢化の影響により労働力人口が減少していく「売り手市場」の中で、長時間労働が常態化する事業で働きたい、働き続けたいと思う労働者は少ないでしょう。
今回の改正は、道路貨物運送業をより一層魅力ある事業にし、多くの労働者に選んでもらう活力ある事業とするための第一歩、という認識をぜひ持っていただき、前向きに取り組んでいただきたいと思います。
監修元
社会保険労務士法人 宮嶋社会保険労務士事務所_公式サイト
執筆者:寺山 晋太郎様
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