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日本では2000年以降、リコール隠し、牛肉偽装事件、産廃大量不法投棄事件、粉飾決算など企業不祥事が急増したことから、それを防止する内部統制として、多くの企業でコンプライアンス体制の整備が進められました。コンプライアンスは自社の経営にどのようなメリットがあるのでしょうか。また、自社のコンプライアンス違反リスクを防止するため、総務担当者が注意すべきことは何でしょうか。
コンプライアンスとは、法令、規則、規範などを遵守すること。ビジネスにおいては企業とその構成員が遵守すべき法規、行動基準などの「企業コンプライアンス」を指します。
企業の事業活動においては商法、民法、労働法、製造物責任法、消費者保護法など様々な法令・規則や行政ガイドラインが関わってきます。企業にはこれらを遵守した事業活動が求められます。
現在では、企業コンプライアンスはこれらの遵守に加え企業倫理綱領、企業行動基準、社員行動規範など企業の社会的責任を含めた広い意味で用いられ、それを実践する「コンプライアンス経営」が経営リスク防止面でも重要になっています。
企業のコンプライアンス違反は昔からありました。それが社会的な問題となり、企業のコンプライアンス経営が注目されるようになったきっかけは、2000年以降に続出した企業不祥事の発覚でした。
政府は1980年代以降、自由競争の促進による経済活性化を図るため、民間企業の事業活動に対する国の規制緩和策を進めてきました。
政府はさらに2000年12月1日、「21世紀のわが国経済社会を自律的な個人を基礎とした、より自由かつ公正なものとするため」の「行政改革大綱」を閣議決定しました。その中で「行政と民間との新たな関係を構築する観点から」、規制緩和策を前進させた「規制改革」を打ち出しました。そして規制改革の推進に当たっては「特に国民の安全を確保する見地から、企業における自己責任体制を確立し、情報公開等の徹底を図る」との文言で、企業の事業活動におけるコンプライアンスの重要性を喚起しました。
ところがコンプライアンスに対する産業界の動きは鈍く、規制改革が先行した結果、コンプライアンス違反が増加。2002年頃からそれが社会問題化し、産業界は非難を浴びました。
コンプライアンス違反が発覚した企業は社会的信用を失い、経営赤字転落、経営トップの辞任・退任、倒産などに追い込まれました。この反省から産業界ではコンプライアンスの重要性に対する認識が一気に高まり、コンプライアンス体制の整備が急速に進みました。
一方、行政改革大綱の閣議決定以降、企業のコンプライアンス体制整備を促進する法整備も進みました。
例えば、2006年1月に施行された「改正独占禁止法」では、カルテルや入札談合などの独占禁止法違反行為に対する課徴金の算定率が大幅に引き上げられました。その傍らで違反行為を自ら申告した事業者には課徴金を減免する自己申告インセンティブ制度を設ける形で、コンプライアンス体制整備促進を図りました。
また、旧商法の一部、旧有限会社法、旧商法特例法などを統合・再編成する形で2006年5月に施行された「会社法」では、資本金5億円以上もしくは負債総額200億円以上の大企業に対し、「業務の適正を確保するための体制」、すなわちコンプライアンス体制構築を義務付けています。
産業界がコンプライアンス遵守の重要性に目覚め、コンプライアンス経営を重視するようになった背景には、こうした社会的非難、政府のコンプライアンス関連法整備に加え、企業価値の向上に対する企業自身の認識の広がりがあります。
経営者がコンプライアンス経営を軽視している企業の場合、
1.コンプライアンス経営意識の低い企業は、経営の透明性と情報開示に消極的なので企業価値が低くかつ経営リスクが高い会社と見做され、取引先や投資家から敬遠される
2.コンプライアンス経営意識の低い企業は、社員のモラールも低いので有能な人材が流出し、その補充採用も困難
3.コンプライアンス経営意識の低い企業は、不祥事が発生した時に対応が遅れ、被害が拡大しやすい
などの特徴が見られ、ブランドの毀損、社会的信用の失墜、経営赤字転落、倒産などの要因となります。
帝国データバンクの「コンプライアンス違反企業の倒産動向調査」(2018年度版)によると、コンプライアンス違反が原因で2018年度に倒産した「コンプライアンス違反倒産企業」の件数は233件で、前年度比0.9%増となり3年ぶりの増加。2012年度以降では7年連続の200件台となっており、2018年度のコンプライアンス違反の種類は粉飾決算がワースト1位で73件、資金使途不正が59件でワースト2位、業法違反が23件でワースト3位などとなっています。
企業コンプライアンスが社会的に注目されているにもかかわらず、コンプライアンス意識の低い企業がまだまだ多い現実を窺わせています。
コンプライアンス違反の事例は多岐にわたりますが、次の6タイプにほぼ類型化されます。
1.不正競争 | カルテル、入札談合、取引先制限、差別対価・差別的取引、不当廉売、不正割戻し、知的財産権侵害、贈収賄など |
2.不正事業活動 | 脱税、融資の資金使途不正、リコール隠し等報告義務違反、虚偽報告、監査・検査妨害、詐欺的経営など |
3.消費者利益毀損 | 有害商品・欠陥商品販売、虚偽・誇大広告、悪徳商法など |
4.公正な投資の妨害 | インサイダー取引、利益供与、損失補填、株価操作、作為的相場形成、不正会計・粉飾決算など |
5.健全な労使関係阻害 | 労働災害、職業病、メンタルヘルス不調、過重労働、過労死、雇用差別、セクシャル・パワーハラスメントなど |
6.地域経済活性化阻害 | 工場災害、環境汚染、自然破壊、産業廃棄物不法処理、不当工場閉鎖、計画倒産など |
コンプライアンス違反の具体的事例として古くは、
・ライブドアの粉飾決算事件…社長と役員3名が逮捕。社長は実刑判決を受けて服役
・東洋ゴム工業の製品偽装事件…経営赤字に転落
・ベネッセコーポレーションの顧客情報漏洩事件…社員逮捕、会長兼社長は辞任
などが有名なところです。
また、直近の事例では前述の帝国データバンク「コンプライアンス違反企業の倒産動向調査」(2018年度版)を見ると、こんな違反が見られます。いずれもメディアで報道された事件なので、ご記憶の方も多いでしょう。
<未来設計の不正会計倒産>
介護付き終身利用型老人ホームを経営していた未来設計は、社員寮や福利厚生施設だった企業の遊休施設を次々と賃借し、それを老人ホームに転用する手法により首都圏で30カ所を超える老人ホームを経営。しかし急速な老人ホーム開設の増加に伴う設備投資の膨張、介護職員の採用難などで経営が悪化、2018年7月に同業他社A社が同社を買収した。ところが買収後の調査で同社経営者による入居一時金の運転資金流用、その他の不正会計が発覚した。同社を買収したA社の詐欺容疑告訴をきっかけに2019年1月に同社は倒産。
<出萌の不正会計破産>
ピーナツもやしの生産・販売事業を展開していた出萌は酢漬け、キムチ漬けなどの加工食品事業にも進出した。しかし加工食品事業は投資収益が得られず資金繰りが急速に悪化。そんな中で不正会計が発覚して金融機関が取引を中止、同社は負債約26憶円を抱えて破産した。
<スマートデイズの資金使途不正破産>
女性専用のシェアハウス「かぼちゃの馬車」チェーンのサブリース事業を展開していたスマートデイズは2017年10月頃より経営が悪化、サブリース事業からの撤退を余儀なくされ、民事再生法の適用申請をしていた。そんな中で融資の資金使途不正が発覚して金融機関が取引を停止、同社は破産に追い込まれた。
自社がコンプライアンス違反を犯さないためには、まず経営管理の任に当たっている総務担当者が次のコンプライアンス関連法規を知っている必要があります。
1.会社法
取引先等利害関係者の利益保護を主な目的に、会社設立から組織運営、資金調達など企業経営のルールを定めた法律です。自社事業活動の適法性をチェックする際の基本的法規といえます。
2.金融商品取引法
株式・公社債・有価証券の発行・売買、財務情報開示などのルールを定めた法律です。会社法同様、自社事業活動の適法性をチェックする際の基本的法規といえます。
3.独占禁止法・不正競争防止法
企業の公正競争のルールを定めた法律です。取引の適法性をチェックする際の基本的法規といえます。
4.知的財産法
知的創造活動の成果物の取扱いに関するルールを定めた法律です。特許出願、商標登録など自社の知的財産の保護や取得の適法性をチェックする際の基本的法規といえます。
5.労働法
労働基準法、労働契約法、労働安全衛生法、最低賃金法、労働組合法など労働関連法規の総称です。労使関係の適法性をチェックする際の基本的法規といえます。
6.環境六法
地球環境、自然環境、公害防止、産廃処理、リサイクルなど環境保全に関する法令・告示の総称です。自社事業における環境保全の適法性および環境関連ビジネスを展開している場合はその適法性をチェックする際の基本的法規といえます。
次に、自社がコンプライアンス違反を犯さない、あるいはコンプライアンス経営を推進するためのスキームとして、新たにコンプライアンス体制を構築する際は「企業行動規範策定→経営者・管理者・一般社員の役割の明確化→コンプライアンス教育実施→日常業務における経営者・管理者・一般社員それぞれの立場からのコンプライアンスチェック」の手順で進めるのが良いとされています。
企業行動規範は次の10項目の要素を取り入れて策定するのが基本とされています。
・法令の遵守
・社会とのコミュニケーション促進
・地域社会との共存
・環境保全に配慮した事業活動
・顧客の信頼獲得
・取引先との信頼関係確立
・社員の自己実現が図れる職場環境づくり
・自社事業に対する投資家の理解と支持の獲得
・行政との健全な関係
・反社会勢力への対処
この10項目の要素を自社の実情(経営資源、企業体力等)、自社経営理念との整合性などと擦り合わせ、自社が実践可能な内容にカスタマイズするのが、企業行動規範を自社に定着させるコツです。
・経営者
まず経営トップはコンプライアンス体制の構築と運用、予期せぬミスでコンプライアンス違反を犯した時の事業への影響の極小化と早期事業再開などの最終責任を負います。また、コンプライアンス違反の疑いがある時は、直ちに取締役会や監査役会に報告する義務を負います。
経営トップはこうした役割と責任に加え、何よりもコンプライアンスのために率先して行動すると共に、他の役員・管理者・一般社員に自分の倫理観を日常の言動を通じ、真摯に示す姿勢が求められます。
・管理者
業務執行の責任者である管理者は、コンプライアンス体制が現場で有効に運用されるよう目を配り、同体制運用における問題点発見と改善に努め、取締役会へ運用状況を定期的に報告するなどの役割と責任を負います。
・一般社員
一般社員は企業行動規範と管理者の指示に従い、自分の日常業務の中でコンプライアンスの実効性を担保する役割と責任が求められます。
コンプライアンス教育の目的は、倫理観を高めることと、コンプライアンス違反の経営リスクを具体的に知ることにあります。このため、コンプライアンス教育を実効性のあるものにするためには、経営者から一般社員までその企業の構成員全員に実施する必要があります。
・経営者
経営者には内部統制の一環としてのコンプライアンスのスキーム、ルール策定、コンプライアンス体制の構築と運用などに関する教育を行い、コンプライアンスに対する経営レベルの知見を高めます。
・管理者
管理者には社員の模範となるコンプライアンス推進の態度、コンプライアンス違反を犯した場合の対処法、コンプライアンス違反の具体例などを身に着ける教育を行います。これにより、現場でのコンプライアンス推進のリーダーシップ能力とコンプライアンス違反リスクの管理能力を高めます。
・一般社員
一般社員には事業活動におけるコンプライアンスの重要性、コンプライアンス関連法規の基礎知識、日常業務におけるコンプライアンスチェックの基礎知識などの教育を行い、コンプライアンスを自社に定着させるための啓発を行います。
これらのコンプライアンス教育を終えた後は、日常業務におけるコンプライアンスチェックと同時にコンプライアンス体制運用のPDCAサイクルを回してゆきます。
自社がコンプライアンス違反のリスクを防止し、企業価値を守るためには、経営トップのコンプライアンス違反を許さない強い決意と同時に、コンプライアンス体制運用のPDCAを回し、コンプライアンス体制の実効性を高める活動が何よりも重要です。
なお、コンプライアンス体制の構築・運用に関する専門的なことは、企業法務に詳しい弁護士や社会保険労務士に聞くと良いでしょう。
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